大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 平成5年(行ケ)3号 判決

原告

(選定当事者) 田上泰昭

右訴訟代理人弁護士

山本次郎

持田明広

密克行

畑良武

被告

大阪府選挙管理委員会

右代表者委員長

前田進郎

右指定代理人

塚本伊平

一谷好文

門田要輔

竹中博司

川井忠雄

石田裕計

〓山哲夫

高木哲男

信本勉

川端龍彦

"

事実及び理由

第四 争点に対する判断

一  争点一について

1  選挙権の平等と選挙制度について

(一)  憲法一四条一項の規定は、国会の両議院の議員を選挙する国民固有の権利につき、選挙人資格における差別の禁止にとどまらず(四四条但し書)、選挙権の内容の平等、換言すれば、議員の選出における各選挙人の投票の価値の平等すなわち、各投票が選挙の結果に及ぼす影響力においても平等であることをも要求しているものと解すべきである。

(二)  しかし、日本国憲法は、国会の両議院の議員を選挙する制度の仕組みの具体的決定を原則として国会の裁量にゆだねているのであるから(四三条、四七条)、投票価値の平等は、憲法上右選挙制度の決定のための唯一、絶対の基準となるものではなく、原則として、国会が正当に考慮することのできる他の政策的目的ないしは理由との関連において調和的に実現されるべきものと解さなければならない。

それゆえ、国会が定めた具体的な選挙制度の仕組みの下において投票価値の不平等が存在する場合に、それが憲法上の投票価値の平等の要求に反しないかどうかを判定するには、憲法上の投票価値の平等の要求と国民の利害や意見を公正かつ効果的に国政に反映させるという選挙制度の目的に照らし、右不平等が国会の裁量権の行使として合理性を是認し得るものであるかどうかにつき、検討を加えなければならない。

(三)  公職選挙法がその制定以来衆議院議員の選挙制度として採用しているいわゆる中選挙区単記投票制の下において、選挙区割と議員定数の配分を決定するについては、選挙人数と配分議員数との比率の平等が最も重要かつ基本的な基準であるというべきであるが、それ以外にも考慮されるべきものとして、都道府県、市町村等の行政区画、地理的状況等の諸般の事情が存在するのみならず、人口の都市集中化の現象等の社会情勢の変化を選挙区割や議員定数の配分にどのように反映させるかということも考慮されるべき要素の一つである。

(四)  このように、選挙区割と議員定数の配分の具体的決定に当たっては、種々の政策的及び技術的考慮要素があり、これらをどのように考慮して具体的決定に反映させるかについて客観的基準が存在するものでもないから、議員定数配分規定の合憲性は、結局は、国会が具体的に定めたところがその裁量権の合理的行使として是認されるかどうかによって決するほかはないが、右の見地に立って考えても、具体的に決定された選挙区割と議員定数の配分の下における選挙人の投票の有する価値に不平等が存在し、あるいはその後の人口の異動により右のような不平等が生じ、それが国会において通常考慮し得る諸般の要素を斟酌してもなお、一般に合理性を有するものとは考えられない程度に達しているときは、右のような不平等はもはや国会の合理的裁量の限界を超えているものと推定され、これを正当化すべき特別の理由が示されない限り憲法違反と判断されざるを得ないものというべきである。

もっとも、制定または改正の当時合憲であった議員定数配分規定の下における選挙区間の議員一人当たりの人口又は選挙人数(この両者はおおむね比例するものとみて妨げない。)の較差が、その後の人口の異動によって拡大し、憲法の選挙権の平等の要求に反する程度に至った場合でも、そのことによって直ちに当該議員定数配分規定が憲法に違反するとすべきものではなく、憲法上要求される合理的期間内の是正が行われないときに初めて右規定が憲法に違反するものというべきである。

(五)  以上は、最高裁昭和五一年四月一四日大法廷判決(民集三〇巻三号二二三頁)、最高裁同五八年一一月七日大法廷判決(民集三七巻九号一二四三頁)、最高裁同六〇年七月一七日大法廷判決(民集三九巻五号一一〇〇頁)、最高裁同六三年一〇月二一日第二小法廷判決(民集四二巻八号六四四頁)、最高裁平成五年一月二〇日大法廷判決(民集四七巻一号六七頁)の趣旨とするところであり、当裁判所の見解もこれと同旨である。

(六)  原告は、選挙区間における人口又は選挙人数の最大較差が二倍を超えるときはその議員定数配分規定は違憲とすべきであると主張するが、この主張を採用することはできない。

衆議院議員の選挙における各選挙区の区分及びこれに対する議員定数の配分について、各選挙区の人口又は選挙人数と配分議員定数との比率を平等にする人口比例配分方式が最も重要かつ基本的な基準とされるべきことは前記のとおりであり、かつ、仮にこの人口比例配分方式が唯一絶対の原理であるとするならば、最大較差二倍という基準数値は常識的観点からは分かり易く、それなりの合理性を有するものであるようにみえないわけではないけれども、人口比例配分方式は議員定数配分についての唯一絶対の原理というわけではなく、それ以外にも、選挙区割と議員定数の配分を決定するについて斟酌されるべきものとして、都道府県、市町村等の行政区画、地理的状況等の諸般の事情が存在するばかりでなく、人口の都市集中化の現象等の社会情勢の変化を選挙区割や議員定数配分にどのように反映させるかということも考慮されるべき要素の一つであることは前記のとおりであるから、最大較差が二倍を超えたからといって直ちに、国会の前記合理的裁量権の行使がその限界を超えたものになるものではないといわざるをえない。

2  本件配分規定の合憲性

そこで以下、右の見解を前提として本件議員定数配分規定の合憲性について判断することとする。

(一)  前記当事者間に争いのない事実によれば、本件議員定数配分規定の下においても、平成四年改正法成立当時及び本件選挙施行当時のいずれの時点でも選挙区間の議員一人当たりの人口又は選挙人数に最大二倍以上の較差(一対二・七七と一対二・八二)及び一二九の全選挙区のうちに七五一例の逆転現象があり、住所を異にする一部の国民の間に投票価値の不平等が存在したことは明らかである。

(二)  しかし、平成四年改正法による改正が、直近に行われた平成二年の国勢調査の結果、選挙区間における議員一人当たりの人口の較差が最大一対三・三八となっていることを是正するため右国勢調査の結果に基づいてなされたものであることは当事者間に争いのないところ、選挙権の平等と選挙制度についての前記説示に照らしかつ、前記昭和五八年大法廷判決及び同六〇年大法廷判決が、昭和五〇年改正の結果、同四五年一〇月の国勢調査による人口に基づく選挙区間における議員一人当たりの人口の較差が最大一対二・九二に縮小することとなったこと、右改正の目的が専ら較差の是正を図ることにあったこと、また、右改正が、直近に行われた国勢調査の結果によって更正するのを例とする旨の公職選挙法別表第一の末尾の規定に従ってなされたものであることを理由として、昭和五一年大法廷判決により違憲と判断された右改正前の議員定数配分規定の下における投票価値の不平等状態は、右改正により一応解消されたものと評価することができる旨判示している趣旨に徴すれば、本件選挙当時の選挙区間における議員一人当たりの人口又は選挙人数の較差及び逆転現象が示す選挙区間の投票価値の不平等状態は、人口又は選挙人数と配分議員数との比率の平等が最も重要かつ基本的な基準とされる衆議院議員の選挙制度の下で、国会において通常考慮し得る諸般の要素を斟酌してもなお、一般に合理性を有するものとは考えられない程度に達しているとまではいうことはできないから、本件議員定数配分規定は、その成立当時及び本件選挙当時のいずれの時点においても憲法に違反するものではなかったというよりほかはない。

二  争点二について

〔証拠略〕によれば、わが国においては、明治二二年の衆議院議員選挙法制定以来、衆議院議員の議員定数の配分を定める法律を制定・改正するにあたっては、人口を議員定数配分の一般的原則的基準として、各府県の選挙区ごとに一定数の基準人口につき議員一名づつを配分していくという人口比例主義ともいうべき方式が採用されてきたことが認められ、それが長期間にわたって継続されてきたことを否定することはできない。

しかしながら、議員定数の配分を定める法律の制定・改正の都度、このような人口比例主義を一般的基準とする方針が採用されてきたのは、それが条理に適い、投票価値の平等の実現のために最も簡明な手段であると考えられてきたからにほかならないのであって、必ずしも規範意識を伴って繰り返される一定様式の社会行動に倣った結果であるとみることはできないので、そこに一個の社会規範としての習慣の成立を認めることには疑問があるといわざるをえない。

原告は、右のような事実をとらえて一個の習慣が成立したものとし、しかも、その習慣は単なる事実たる習慣ではなくて法的拘束力を持つものであり、かつ憲法と同一の規範性・拘束力を有するものと主張するもののようであるが、成文の憲法典の存在しない英国などと異なり、成文の憲法典(これを改正するには厳格な手続、要件を必要とする。)を有するわが国においては、英法上の憲法律の成立要件とされているようないくつかの要件を充足しさえすれば直ちに一種の慣習法たる憲法の成立が認められるといった立場はとうていこれを是認することができず、結果はそのような立場を是認することになる右のような主張を軽々に採用することはできないのであって、これを肯認するには、高度の説得性を具えた法的根拠を示すことが必要というべきである。

しかるに、本件の場合、慣習の成立についてまず疑問があることは前記のとおりであるばかりでなく、仮に一個の慣習の成立を認めることができるとしても、その慣習がこれを強制する社会の規範意識に支えられて法的拘束力を有するにいたっていたことを肯認するに十分な根拠を見出すことはできないし、また、この人口比例主義によって前記憲法一四条等の要求する投票価値の平等が実質的に保障されることになるとしても、そのことから当然にこの慣習が憲法と同一の規範性・拘束力を取得して原告主張のような慣習憲法となるということはできないのであって、いずれにせよ、一種の慣習憲法としての人口比例主義(原告の主張する「府県単位・人口比例配分方式」)なるものを肯認するに足りる高度の説得性を具えた法的根拠は見当たらないといわざるをえない。

これを要するに、本件議員定数配分規定の合憲性を判断する前提となる憲法としては、成文憲法たる日本国憲法が存在するだけであり、それとは別個に合憲性判断の前提となる慣習憲法なるものは存在しないというべきであって、原告の右の主張も、結局は、本件議員定数配分規定は憲法一四条一項、一五条一項ないし三項、四三条一項、四四条但し書に違反するとの主張に帰着するものとみることができ、かつ、右主張が理由のないことは前記一において説示したとおりであるから、争点二に関する原告の主張は、これを採用することができないといわなければならない。

第五 結論

そうすると、本件議員定数配分規定に依拠して施行された本件選挙について、これを違憲無効であるとすることはできず、原告の本訴請求はその他の点について判断するまでもなく理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 藤原弘道 裁判官 辰巳和男 原田豊)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!